« November 2004 | Main | January 2005 »

2004.12.31

2004年の御礼

いよいよ年の瀬です。大晦日も残すところ半時間たらずとなりました。
今日は朝から大阪地方も雪となり、北向きの所ではシャーベット状に積もりました。

私も風邪を引き、最終週はこちらの更新も滞る状態でした。ようやく落ち着いてきて、何とかお正月を迎えることができそうです。

書きそびれたものは、年明けにでもおいおい記事にしたいと考えていますので、よろしく。

今年の私の一番の重大事件は、50歳になったことでしょう。

人間僅か五十年、下天のうちをくらぶれば、夢まぼろしの如くなり。

これは織田信長の歌ですが、その人生50年に達してしまいました。
何も考えずに今日まで来てしまったため、こんな半端な人間になってしまいました。

そこで、50歳を境に新しい自分というものを何とか作ってゆきたいと考え、12月半ばに新たに「新しい生活を始めよう!」というウェブログを始めました。

次に大きいことは、やはりこのウェブログ「レフティやすおのお茶でっせ」とホームページ「レフティやすおの左組通信」を一年間どうにかこうにか続けてこられたことでしょう。

これはひとえに、アクセスいただいた多くの皆様のご支援の賜物と大いに感謝しています。
これからも私なりのオレ流左利きの話題を提供してゆきたいと考えています。
来年もよろしくお付き合いのほどお願いいたします。
皆様のご健康とご多幸をお祈りしています。
では、良いお年を!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.12.30

小説「わたしの彼は左きき」ははずれ?

古本屋で見かけた本です。
タイトルに惹かれて手にしたのですが、ちょっと私の好みとは違い、また興味のある左利きの範囲からも外れているようで、残念でした。

パラパラとのぞいただけですので、間違っている部分もあるかもしれませんが、簡単に紹介してみましょう。

表紙にマンガ風のイラストを配して、同じく挿絵を何ページか入れた、いわゆるヤング・アダルト向けの新書判のライト・ノヴェルです。
ゴルフを扱ったもので、ミケルソン選手のように右利きだけど、教えてもらった人の打ち方を向かい合ってまねて覚えたために左打ちになったという主人公と、野球選手でこれも右利きだけど右投げ左打ちの選手とが、恋愛関係になるという、ボーイズ・ラブといわれる種類のお話のようです。

ともに右利きで、スポーツの関係で左打ちしているという、真性の左利きの人のお話ではないので、私の興味の範囲とは少しずれています。
より左打ちを強化するため、意識的具体的に左手・左側を使う訓練をしているという場面があればまた別なのですが…。
実は、そこまで確認は取れていません。くわしく読む気になれなかったからです。

私はどうもこういうお話は読む気になれないのです。
偏見を持たないようにとは思うのですが、どうも受け付けません。

というわけで、魅惑的なタイトルでしたが、残念ながら今のところ私の左利きの本棚には収録される予定はありません。

※レフティという言葉は、ゴルフの世界では左利きあるいは左打ちのプレイヤーを指す言葉としてかなり前から定着しているようです。私はゴルフをやらないので、気付きませんでした。

※『わたしの彼は左きき』長谷川忍・著 内田一菜・イラスト ワニブックス KIRARAノベルズ 平成10(1998)年6月刊 ISBN:4847032845

※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載して、gooブログ・テーマサロン◆左利き同盟◆に参加しています。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.12.25

アピール〈左利き〉欄を設置

「レフティやすおのお茶でっせ」サイドバーに11.26「「利き手(左利き)の矯正」という言葉の使用について」という記事へのリンクを設け、左利きにおいて「矯正」という言葉の使用をやめよう、とアピールしています。

私のgooブログ版「新しい生活を始めよう!」ならびにヤプログ版「レフティやすおの本屋店長日記」でも同様に、「アピール〈左利き〉:「利き手(左利き)の矯正」という言葉の使用に」のリンクを設置し、以下のような説明文で、アピールしています。

左利きにおいて「矯正」という言葉を用いるのは誤りであり使用しないように皆様にお願いしています。

これは私の意見にご賛同いただいた、中埜さんの「中埜実(亀井)のお気楽生活」のサイドバーでの試み(『特設リンク』)を手本に始めたものです。(中埜さん、一月遅れですが、トラックバックしました。)

やはりアピール記事ですから、常時表示して皆様の目にふれるようにするのが良いだろうと考えました。

もし目に留める方が現れて、記事を読み、賛同していただけるようになれば、幸いです。

※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載して、gooブログ・テーマサロン◆左利き同盟◆に参加しています。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2004.12.24

「親力で決まる子供の将来」がメルマガ大賞一位に!

私も愛読している、現役小学校教師の親野智可等氏が毎日発行するメルマガ「親力で決まる子供の将来」が、『まぐまぐメルマガ大賞2004』学校・教育・研究機関部門で第一位に輝きました。

この賞は、読者の投票により今年もっとも輝いたメールマガジンを各部門別に選ぶものです。(ちなみに投票に参加した読者は11750名とのこと。)

親野さん、大賞受賞、おめでとうございます。

いつも楽しみにしています。
最近の子供や親に対して、もうちょっと…、と思うことがたまにあります。
そんな時親野さんの文章を読むと、ウンウンとうなづいてしまう自分がいたりします。よく言ってくれたと思うことが少なくありません。
これからもお仕事との両立大変でしょうが、お身体に気をつけて、世のため人のためご自分のため、発行し続けてください。

*
さて、一万を越える読者を持つこのメルマガですが、今年は本にもなり、毎日の発行がいよいよ乗っている感じです。とにかく身近にころがった日常的な話題で、今日からできる親としてのちょっとしたことについて書かれています。こむずかしい話に終始することのない、現場の教育について語るメルマガです。

子供、小学生だけではなく、万人に通用するものがあります。
きっと生きる智恵を与えてくれると思います。
まだご購読されたことのない方は、ぜひ一度ご覧ください。
(以下のサイトにて、バックナンバーを見ることができます。)

・登録 http://www.mag2.com/m/0000119482.htm 
・親野智可等のホームページ http://www3.tokai.or.jp/keichan/

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.12.23

「―お茶でっせ」一周年

今日23日でこの「―お茶でっせ」も丸一年になります。
実際に一年たってしまうと、短かったなぁという気がします。
正直最初は何もわからずに始めました。トラックバックもコンピューターのプロの友人から教わりました。(ナカタくん、元気にしてますか? ながらくごぶさたしています。その節はお世話になりました。)

左利きの話題でトラックバックをいただき、大いにウェブログの持つ広がりというおもしろさを実感したこともありました。(それぞれのお名前は省略いたします。あしからず!)

カウンターを設置してからは、アクセス数が励みになりました。ふつうのホームページとは違いページ・ヴューのカウント・アップということもあり、私にとってはかなり大きな数字になりました。(現時点で通算2万5千を越えたぐらいでしょうか。ホームページも11ヶ月をすぎていますが、まだ3千です。)

1ヶ月半遅れで、私の熱心なすすめでウェブログを始めた友人は、連日の更新であっという間に私を抜き去り、いまや4万件を越えるアクセス数を誇り、アクセス数のランキングにも顔を出すこともしばしばの様子です。(ミスター投稿さんは、律儀にもウェブログの1面で私の勧めで始めたと明記してくださってます。)

数字は人と比べるものでなく、あくまで自分への励みです。
最近始めた他のブログではなかなかアクセス数が伸びず、「―お茶でっせ」における一日7、80件のアクセス数というものがいかに大きな数字か改めて実感しています。

一時期は100件超の日が続いたこともありました。もう一度増やしたいという野心があります。
それが努力につながるのです。

人気取りじゃないけれど、多くの人に注目されるものが書けるかどうかというのは確かに大事なことだと思います。
どんなに優れた意見を持っていてもきいてくれる人がいなければ、無駄な遠吠えにすぎません。いつかは認められるとしても、それが早いに越したことはありません。

より一層の充実を図りますので、これからもお付き合いください。
(お知り合いにもこんなことやってる奴がいるよと、お知らせください。)
では、よろしくお願いいたします。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

2004.12.22

左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ―その3・社会のあり方を変えてゆこう

*** 社会のあり方を変えてゆこう ***
社会には守らなければならないルールがあります。それを教えるのは親の務めです。
しかし従来のルールには、間違ったルールもあります。時代により改めるべきルールも。

かつての社会には左利きは悪いことという考えがありました。それゆえに「矯正」と呼んで、左手使いを右手使いに改めるように指導するのが当たり前のこととして行われてきました。
しかし次第に状況は変わってきました。左利きを悪いこととみなす考えは否定されて、左利きを「矯正」しない傾向になってきました。

それでもまだ社会全体には、左利きに配慮する余裕がありませんでした。
それゆえ左利きには不都合なこと、不便なことがいろいろあります。

ところが、これらは現状においてもちょっとした配慮があれば、かなりの程度改善されるのです。
そのためには左利きの視点を持ち、社会のあり方を見直す必要があります。
これからは、右利きのみならず左利きの人にも暮らしやすいように社会の構造を変えてゆきたいものです。
一朝一夕にはできないでしょう。しかし、だからといって手をこまねいていないで、できることから改善してゆけばよいのです。

左利きに対する視点を持つ方法として、たとえば、100マス計算で問題の列を左右に配置したものを使う、といったことです。
これを使って勉強する際に、大人がちょっとした説明をするだけで、子供たちに別の立場の人の存在―左利きの存在を知らしめることができます。違う立場の人に対する配慮を持つように教えることができるのではないでしょうか。
そういう視点を身に付けた子供たちは、右利き偏重の道具や機械などに疑問を持つようになるかもしれません。
ニンテンドーDSという新しいゲーム機には、左利きモードがあると聞きます。これも同じ効果を与えるのではないでしょうか。


確かに左利きのお子さんがこの世に一人だけで、今後生れる可能性がないというなら、その子だけを特別扱いして、その子だけを変えればことは済むかもしれません。

しかし左利きの人は全人口の平均一割はいるといわれています。
これからも左利きの子供さんは生れ続けます。

また左利きになる要因の一つに「病理的成因」といわれるものがあり、たとえば高齢出産や出産時のトラブルといったことが原因のひとつであるとされています。昨今いわれる出産年齢の高齢化が左利きの子が生れる確率を上げているかもしれません。

これからこの世に生を受ける左利きの子供たちのために、左利きの子であっても生きることに苦労のない社会をつくることは大人の責任だと思います。

今、社会ではバリアフリーやユニバーサルデザインといった言葉が盛んに使われるようになりました。
実際に街を歩いてみても歩道には点字ブロックが埋め込まれていたり、建物にはスロープが用意されていたりします。
しかし、かつて障害者は健常者から排除されて生きていました。
世の中は健常者に暮らしやすいようにできているので障害者は苦労する。そこで彼らだけを隔離するのが良いという考えもありました。またその昔は、障害者は世間に出してはいけない、人に見せてはいけないもののように扱われてきました。

もはやそのような考えは否定されています。
障害者もまた健常者と同様の権利を有する一人の人間として扱われるようになりました。
健常者や障害者という言い方さえ不自然に聞こえる世の中になりつつあるように感じます。

同様に左利きも、右利きの人と同じ一人の人間としての権利を有することは明らかです。
左利きだからという理由だけで、社会的に様々な困難に合わなければならないというのは理不尽です。

障害者に優しい世の中に変えて行こうというのと同じレベルで、左利きにも優しい世の中にしなければいけないと思います。

*(関連記事)
2004.12.08 左利きを右手使いに変えさせる理由
*
左利きの子の左手使いを右手使いに変えることを指して、「利き手(左利き)の矯正」といった呼び方があります。私はこの用法は誤りであると考え、左利きにおいて「矯正」という言葉を使用しないように皆様にお願いしています。
(参照)2004.11.26「利き手(左利き)の矯正」という言葉の使用について

※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載して、gooブログ◆左利き同盟◆に参加しています。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.12.21

左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ―その2・左利きで困るのは…

*** 左利きで困るのは… ***
右利きに有利な社会だから、左手しか使えないと子供が苦労する、かわいそう。だから右手も使ってみましょうね、両手が使えると便利ですよ、カッコイイよ、といって右手使いを勧めるというのはどうかと思います。

特に右利きの親御さんには、左手しか使えないと困るから右手も使えるようにさせたい、という考えが強いように思います。
しかし、それはあくまで親御さんの個人的な見解―願望にすぎません。

本当に大事なのはお子さん自身です。
お子さんがどう思っているのか。
お子さんが幸せになるための方法を考えるべきでしょう。
親御さんが納得するためにお子さんは生きているのではありません。
親御さんの悩みは所詮一時のものですが、お子さんの悩みは一生付きまとうものです。
50年先も同じ気持ちでお子さんを心配してゆけますか。70年先は、100年先は? 貴方のお子さんは100歳まで生きるかもしれません。

親の喜ぶ顔を見たさに子供はがんばって右手を使って見せるかもしれません。それを見て親がほめてやればさらに得意になって右手を使って見せるでしょう。親の前ではそうかもしれません。
しかし心の中も幸せでしょうか。一人になってもその喜びは彼/彼女の中で消えることはないのでしょうか。真からのものでしょうか。

確かに、小さい頃に「矯正」してもらっておとなになってから大いに感謝している、という方もいます。
逆に、嫌な思いしか残っていない、思い出したくもない、という方もいます。

人それぞれです。才能も能力も性格も違います。子供にとっての幸せなど人にはわからないものかもしれません。
ただ、左利きの私には、左利きの子がたとえ一瞬でも左利きを否定されて幸せになれる、とは考えられません。

お子さんにとっての最善の方法とは何か、そのままの自然なあり方で生きることではないでしょうか。
右利きが右利きとして生きるように、左利きは左利きとして。

左利きではなぜ困るのでしょうか。
社会が右利きに有利にできているから、左利きには不便なことが出てくるのです。

私は左利きだからといってそれ自体で、苦労したことはありません。
左利きだからお箸が持てないわけではありません。三度三度ちゃんとご飯も食べられます。
鉛筆が持てないわけでもありません。そこそこの字を書くこともできます。
左利きだから自転車に乗れないわけでもありません。ベルも左手で鳴らします。
自動改札では一工夫しないとスムーズには通れませんが、電車に乗れないわけではありません。
クルマの運転はできませんが、これは左利きだからではありません。免許を取りに行く気がないからです。

問題が起こるのは、道具や機械、システムなどが左手用でなかったり、左利きに対応していない場合です。
右手用のはさみが左手では切りにくかったり、右手用の缶切が左手で使えなかったり、自動販売機のコインが左手では入れにくく、仕方なしに右手で入れようとしては入れ損ねたり、などなど。
あるいは、人間関係では左利きに偏見を持っていたり、無理解な人と接したとき、です。
左利きは頭がおかしいんやてェ、などなど。

解決方法はひとつです。
左利きにも優しい社会に変えてゆけば良いのです。

*(関連記事)
2004.12.08 左利きを右手使いに変えさせる理由
*
左利きの子の左手使いを右手使いに変えることを指して、「利き手(左利き)の矯正」といった呼び方があります。私はこの用法は誤りであると考え、左利きにおいて「矯正」という言葉を使用しないように皆様にお願いしています。
(参照)2004.11.26「利き手(左利き)の矯正」という言葉の使用について

※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載して、gooブログ◆左利き同盟◆に参加しています。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.12.20

左利きのお子さんをお持ちの親御さんへ―その1・左利きは自然のままで

*** 左利きは自然のままで ***
左利きのお子さんをお持ちの親御さんのなかで一番の悩みは、左利きをどうするか、ということのようです。
ネットでも様々なサイトでこの手の相談が見られます。

総じて言うと、脳神経系の研究者や精神科医、心理学者といった人では左利きは生来のもので、その子の固有の性質で、脳の神経組織がそのようにできているのだからそれに沿った、本来の利き手を尊重した対応がふさわしい、と回答されるようです。無理な右手使いへの変更はストレスの原因になり、心身に悪影響が出るという弊害もある、といいます。

子育て専門家のなかには、それらの意見を踏まえた上で、なおかつ親御さんがどうしても右手を使えたほうが今の世の中では有利だと考えるなら、無理のない範囲で右手を使う訓練をされるのも良いかもしれない、というか意見を寄せる場合もあるようです。


一般の親御さんの反応はというと、大きく二つに分けられるようです。

ひとつは、左利きは左利きでいいじゃないか、その子の持つ性質を尊重して左手使いを容認しようというもの。
もうひとつは、基本的には左利きを尊重するが、社会的なことを考えて、字を書くこと(書字)箸使いなどは右手を使えるようにさせたい、というものです。

私の結論から言うと、利き手は変わるものではないので、そのままの自然の形で育ててやってほしい、ということです。
もし左利きで苦労するような世の中であるとすれば、そちらの方を改善して、左利きの子であっても苦労することのない、利き手によって差別される(生き方を左右される)ことのない左右共存の社会を実現することに、親御さんは努力して欲しいと思うのです。

*(関連記事)
2004.12.08 左利きを右手使いに変えさせる理由
*
左利きの子の左手使いを右手使いに変えることを指して、「利き手(左利き)の矯正」といった呼び方があります。私はこの用法は誤りであると考え、左利きにおいて「矯正」という言葉を使用しないように皆様にお願いしています。
(参照)2004.11.26「利き手(左利き)の矯正」という言葉の使用について

※本稿は、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載して、gooブログ◆左利き同盟◆に参加しています。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.12.17

最近左利きの話題が少なくなった理由

最近「―お茶でっせ」で左利きに関する記事を書くことが少なくなっています。
以前なら月に10本は書いていました。今月はまだ3本です。

ひとつは、他にいろいろ始めたということもあります。

しかし一番の理由は、gooブログ◆左利き連盟◆に参加するようになってから、今まで通りのペースで書いてすべての記事をトラックバックしていると、左利き同盟を「乗っ取ってしまう」ことになりそうで、申し訳ない気がしたからです。

気にする必要はないのかもしれませんが、やはり部外者ですし、少しは気を使う方がいいのかなと思っています。
今回、gooブログを開設しましたので、今まで通り色々と書いて行こうかと思います。

ただ連絡をどうするかということが少し気になります。
たまにはトラックバックやコメントをいただくこともあるので、そういうときのことです。(気が早いですが…。もらってから気にすればいいことかなぁ。)

11.30「すべってしまった第10回左利きアンケート」のときのように、トラックバックを入れ忘れたりしたこともありました。(よって、左利き同盟の方にはこの記事は届いていません。)

次回から左利きの記事は、こちらからはトラックバックを送らないで、gooブログ「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」に転載して、そちらから左利き同盟へ送ろうと考えています。

ということで、また左利きの話題をポツポツ始めます。
では、よろしく!

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.12.16

「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」開設しました

またまた新しいウェブログ『レフティやすおの新しい生活を始めよう!』gooブログで開設しました。
ココログ版『レフティやすおのお茶でっせ』、ヤプログ版『「レフティやすおの本屋」店長日記』に続く3番目のものです。

ブログごとに目的を決めて書いてゆこうかと思っています。

『―お茶でっせ』も、もうすぐ丸一年になります。その間に会員無料の30MBの三分の一を使いました。今のペースでも後二年は更新できるのですが、ココログの使い勝手が好きなので、ちょっとセーブしようかと思っています。

この『―お茶でっせ』では、ご存知のように左利きと本の話題を中心に、『―店長日記』ではセブンアンドワイ「みんなの書店」のお店「レフティやすおの本屋」の店長としての"業務"を通して、本のおもしろさ、読書の楽しみ等について語ってゆきます。

そして今度のこのウェブログでは、50代に入ってからの自分の新しい生活、新しい人生について考えてみようと思います。
平均寿命の延びた現在、50歳は人生の折り返し点ともいうべきもの、中年の始まりだ、と90歳を越えてますます元気な日野原重明先生はじめ多くの知識人がおっしゃっています。自己実現が為せるのは50代からの準備しだいだそうです。より自分らしい生き方、そして人のお役に立てる人生が送れるようになるために、今日から準備して行きましょう。

そしてもうひとつの目的は、『―お茶でっせ』で書いている左利き関連記事をこちらに転載して、gooブログ発でgooブログのテーマサロン「左利き同盟」に参加してみたいと考えています。

もちろん今までどおりgooブログ外からでも参加できるのですが、正直ちょっと気づつないように感じています。別に気にすることはないのでしょうが、やはり内部の人の方が親しみを持っていただけるように思います。というわけで、小賢しいかも知れませんが、こういう方法で参加したいと思っています。

何が書けるか、どの程度更新できるか不明ですが、gooブログ『レフティやすおの新しい生活を始めよう!』も『―お茶でっせ』同様、よろしくお願いいたします。

* 本稿は、gooブログ12.13「「レフティやすおの新しい生活を始めよう!」開設しました」を一部加筆修正したものです。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.12.14

ココログブックス・コンテスト、ノミネート作品発表

12月13日、ココログブックス・コンテストのノミネート作品が発表されました。(こちら)

応募総数1081件の中から、選ばれたノミネート作品14本のなかには、私も拝見した事のあるものがひとつ二つ見られます。

ノミネートされた14件の皆様、おめでとうございます。
本選優勝目指して、より一層の奮闘を期待しています。

*
残念ながら今回私のウェブログは選から漏れましたが、応募したことで期間中だけでも少しは私のウェブログにアクセスする人が増えたのでは、と喜んでいます。

応募したことで特に張り切って更新したということもないのですが、ひそかに期するものはありました。表現力や総合力はともかく、志の高さだけは誰にも負けないぞ、と。
正直なところちょっとガッカリという気持ちは無きにしも非ずです。
(自分を知らぬ奴だとお叱りを受けるかもしれませんが…。)

今回のノミネート作品をヒントにして、私のウェブログも少し改善してみようかと思っています。
やはり一人でも見てくださる人が増えて欲しいから。

それが自分にとってもやりがいになるし、さらに目的としている左利きの問題の解決に役立ち、ひいてはより良き社会の実現の一助になるのでは、と考えます。

大層なことを言う奴だと思われるかもしれません。
しかし誰かがそういう気持ちにならないと、世の中は良くならないのじゃないかなぁ。
実際に何かをやるかどうかが重要だけれど、心で願うだけでも大事だと思います。

*
勝ち残った14件はもちろん優秀でしょうけれど、不運にも無念の涙を飲んだ残りの1067件のウェブログもそれぞれにがんばっているのだ、と知って欲しいなと思いました。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.12.11

「レフティやすおの本屋」始めました

「お茶でっせ」のカレンダーをご覧になればわかるように、今月は更新が滞り勝ちです。

実は、サイドバーでもお知らせしていますように、11月27日、インターネットの書店イーエスブックス「みんなの書店」で本屋を開店しました。
「レフティやすおの本屋」というそのまんまの店名です。

左利き関連本やお気に入りの本(ジュール・ヴェルヌ、海外ミステリ、そして人生読本的なもの)を紹介しています。
毎日はむずかしいのですが、ほぼ連日手を入れています。
これがけっこう楽しくて、コーナー・タイトルの付け方とか本選びとかポップ書き(紹介文書き)したりとか、けっこう仮想本屋してます。

28日には、「名作ミステリ」という支店をさっそく開きました。
こちらでは、クリスティーの名作を探偵別に紹介しています。

しかも、12月5日にはよそのブログで『「レフティやすおの本屋」店長日記』も始めました。こちらも連日本屋の棚紹介などしていますが、ユーザーの層が違うのか、人はまったく入りません。

ぜひ一度、ご来店ください。

書店名: 『レフティやすおの本屋』
*『「レフティやすおの本屋」店長日記』

もちろん「立ち読み」でけっこうです。
もしも紹介されている本がお気に召して、近くで手に入らないという場合はこちらでお買い上げいただければ、幸いです。
絶版の本以外はお買い上げできます。
特にそれで収入になるというわけではありません。売り上げトップ10になればご褒美がいただけるようですが…。全1万5千店余のなかでですから、至難の業でしょう、きっと。

とにかくスタートしました。
ネットの本屋(?)のいいところはどんな形であれスタートできるところでしょうか。
後で時間をかけて充実させてゆけばいいのですから。

既にかなりのお客様にご来店いただいています。
来店者数別順位では、年齢別:50歳以上の部で、22位/145店

本はまだ売れてませんが、でもお客さんが来ていただければ、それだけで十分うれしいです。
この辺も本物の本屋さんと同じです。(ただし、本物の本屋さんは生活がかかっていますが。)
がんばりますので、これからもよろしくお願いいたします。

*
Q「みんなの書店」って何ですか?
A 会員のみなさんが書店の店長になって、本を紹介しているコーナーです。
(Yahoo! JAPAN IDをお持ちの方も店長になれます。)
  2万人の店長の選りすぐりの本が、楽しいコメント付きで紹介されているコーナーです。
気の合う仲間をみつけてグループをつくることもできます。あの本について誰かと語りたい、あの店長さんとお友達になりたい、本との出会い、本が好きなみんなとの出会いがより一層広がる「みんなの書店」。また、あなたが書店の店長になってみなさんに本をおすすめすることもできます。「あの本は絶対みんなにも読んでほしい!」そんな本をみなさんに紹介してください。

―イーエスブックスの「みんなの書店」Q&Aより

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.12.08

左利きを右手使いに変えさせる理由

gooの左利き同盟の参加者、Leftyさんからいただいた「「利き手(左利き)の矯正」という言葉の使用について」の記事へのコメントへ返事を考えているうちに、明らかにしておくべきだと思うことが出てきましたので、ここに書いておきます。

それは、左利きの子の左手使いを右手使いに変えさせる理由が変わってきたと言う事です。

ここでも先の記事で引用した、八田武志先生の著書『左ききの神経心理学』医歯薬出版 の一部をお借りして説明しましょう。

左ききを右ききへ改めることへの意味
世の中の大多数は右ききであり、少数者である左ききにとって不都合なことは、書字や道具の使用などをはじめとして少なくない、今日、親や教師が子どものきき手を矯正しようとする動機は、かつてのように“左”は邪悪であるというようなものではなく、できることならば子どもが大きくなって不自由を経験しないように、きき手を右手に変更しておきたいということであろう。

昔は、左利きや左手使いは、見苦しい、無作法である、躾の行き届かない所作である、と考えられてきました。
それゆえに、厳しく躾けて右手使いに直してやらねばならない。
これを「利き手(左利き)の矯正」と呼んで、右手使いに変える指導がなされてきました。

そして、右手使いができない子は、親や先生の言うことを聞かぬ強情でわがままで協調性に欠ける性格である。あるいは不器用、愚鈍、へま、頭がおかしい、などといった問題のある性質の子である、と考えられてきました。

しかし昨今では、左利きは矯正すべき性質(正すべき欠点)であると考えて、右手使いに変えさせようというのではなく、右利きが有利な社会において左手使いでは苦労するのではないか、という親心からの発想です。

(コメントへの返事でも書いたのですが、)

世の中が右利きに便利な社会にできているので、左手使いは不便で苦労するだろう、だから右利きに変えられるのなら右利きに変えさせたい、というのが昨今の左利きの子を持つ親御さんの考えです。

あるいは、利き手が変えられないのなら、せめて少しでも右手が使えるようになるように練習させるべきだろうか、という悩みです。

既にかなりの人たちが「左利き」=「無作法・不躾」「強情・わがまま」あるいは「異常」といった認識を持ってはいない、ということです。
「左利きは、正すべき欠点である」と考えて右手使いにさせることが「左利きの矯正」とすれば、そのような理由からではないということです。

それならば、わざわざ「矯正」という言葉を使う必要はないのです。
単に、右手を使う、といった表現で間に合うのです。

それだけのことを私は言いたいのです。

(残念ながら、一部にはまだ昔の常識にとらわれて、左利きを矯正すべきものと考える人がいるのは事実ですが、確実に減ってきています。)

*
そして、左手使いでは苦労するのではないかという親心があるのなら、次の八田先生の言葉をかみしめて欲しいのです。

左ききを矯正せずにいた場合に子どもが将来遭遇するであろう不自由さの観点から考えた場合はどうであろうか。確かに左ききの人が現在の日常生活で出会う不自由さは少なくないであろう。…略…
しかしながら、このような設備や道具が右きき用であるための不自由さは、解決できる問題である。左きき用のものを作成すればよいだけである。社会の中で多数者である右ききが左ききの存在を受け入れ、理解を示し、左きき用の設備や道具が大量に生産され、右きき用のものと大差ない価格で販売できるように配慮すればよいことである。社会が成熟するということが、少数者への配慮ができるかどうかで測れるとするならば、近い将来に解決されうる、またしなければならない問題といえよう。
多数者が少数者の存在を認め、適切な配慮をすることで不自由さが克服できるとすれば、左ききを矯正すべき理由は存在しないことになる。

左利きのわが子を苦労させないためには、わが子に鞭打つだけが唯一の方法ではないのです。
社会のあり方を左利きでも不自由しないものに変えてやることが、わが子だけでなく、これから先、この世に生を受けるであろう左利きの子供たちをも救うことになるのです。

<わが子より右利き社会に愛の鞭>
<親心あるなら社会を変えてくれ>

(これは私の作った左利き川柳です。)

*この記事は(goo部外者ですが)、gooブログ◆左利き同盟◆
に参加しています。

| | Comments (10) | TrackBack (0)

2004.12.05

第11回左利きプチアンケート「「利き手(左利き)の矯正」という言葉をどう思いますか」のお知らせ

サイドバーでお知らせしていますように、12月5日より第11回左利きプチアンケート「「利き手(左利き)の矯正」という言葉をどう思いますか」を始めます。投票にご協力いただけると幸いです。

---

貴方は「利き手(左利き)の矯正」という言葉を聞いた時どう思いますか、どう感じますか。

単に「変更する」という意味でこの言葉を使う人がいます。
声に出せば「きょうせい/キョーセイ」であって、特にその漢字に含まれている正邪・善悪の意味を問うものではない、という人もいます。

また、「矯正」は「強制」であると考え、この漢字で表現する左利きの人もいます。

「「利き手(左利き)の矯正」という言葉の使用について」でも書きましたように、私はこの「矯正」という言葉を左利きに適用するのは間違いだと考えています。
左利きは「正さねばならない欠点」ではありません。よって「欠点を正す/直す」という意味の「矯正」という言葉で表現すべきではないのです。漢字として「矯正」と表せば、漢字としての意味を持ちます。(くわしくは『お茶でっせ』「「利き手(左利き)の矯正」という言葉の使用について」他、『左組通信』「私論2」をご覧ください。)
*
さて、貴方はこの「利き手(左利き)の矯正」という言葉にどんな印象をお持ちでしょうか。
使っても良い、使うべきではないと両意見があるようですが、それをどう思われますか。

以下の中から、貴方の意見に一番近いと思われるものをひとつ選んでお答えください。

*投票者の利き手別で選択肢を用意しています。ご自身でご自分の利き手を右もしくは左と、どちらか判断した上で投票してください。

*一言言わせて、というお方は投票後に表示されます一番下の「ご意見ボード」をご利用ください。もっと言わせて、というお方は掲示板もご利用ください。貴方のご意見ご感想をお聞かせください。


1 右利きの人/使用:可 /昔からの用法であり、右手使いへの変更を表現する言葉として普及しているので、それでよい
2  〃 /使用:可 /厳密な言葉の意味など神経質になる必要はないし、ただの言葉なので気にすることではない
3  〃 /使用:自由/使いたい人は使えばよいし、使いたくない人は使わなければいい、それだけの問題だ
4  〃 /使用:不可/もはや左利きは矯正すべき性質とは考えられないので、不適切な言葉で使うべきではない
5 左利きの人/使用:可 /昔からの用法であり、右手使いへの変更を表現する言葉として普及しているので、それでよい
6  〃 /使用:可 /厳密な言葉の意味など神経質になる必要はないし、ただの言葉なので気にすることではない
7  〃 /使用:自由/使いたい人は使えばよいし、使いたくない人は使わなければいい、それだけの問題だ
8  〃 /使用:不可/もはや左利きは矯正すべき性質とは考えられないので、不適切な言葉で使うべきではない

*
投票は『レフティやすおの左組通信』の「表紙」アンケートでお願いいたします。

*この記事は(goo部外者ですが)、gooブログ◆左利き同盟◆に参加しています。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

2004.12.02

生き続けることは、あり続けること

11.26「「利き手(左利き)の矯正」という言葉の使用について」にコメント&トラックバックをいただいた、中埜実(亀井)さんのブログ『中埜実(亀井)のお気楽生活』(この記事は「私の左利き度」にトラックバックしています。)を見て、左利きについて考えたことを書いてみましょう。

中埜実(亀井)さんは、字を書くのは小学校1年の時に『右手で書くように』と先生から命じられて右手を使うようになられたとありますが、それ以外の右手使いは自主的に身に付けられたようです。

*
さて、中埜実(亀井)さんのブログのタイトル下にある"生活とは、生き続けること。"という言葉。

いいですねぇ。
人生とはまさに生き続けること、生を続けることそのものです。日野原重明先生の言葉を借りれば、,beingとでもいうべきかな。(これはホントはもっと違った場面で使われていました。でも、使い方としては正しいと思います。)

左利き、利き手の問題もそうではないでしょうか。

左利きの人にとっては、左利きを続けることが生活そのもの、人生そのものなのです。否も応もなく、です。
それは、右利きであることを意識せずに右手を主に使って生活し続けるのが、右利きの人の人生であるように。

左利きの人は基本的に左手を使い続けるでしょう。
そして、右手を使った方が便利だと思い、それが可能なことであるなら、自然に右手も使って行くようになります。条件反射的に体で覚えてゆきます。
あるいは、仕事等で必要不可欠な技術であると認識すれば、自ら進んで努力し身に付けられるものです。

左利きのお子さんに対する、右手使いにすべきか? などという親御さんの悩みは、基本的に右利きの人(もしくは自分自身の左利きに対して、自信が持てない左利きの人)が感じる悩みでしかないのです。
と、私は考えます。

以下はまた別の話になりそうなのでこの辺で。


中埜実(亀井)さんのブログ「中埜実(亀井)のお気楽生活」の右サイドバーに特設リンクが設置されています。
 
特設リンク
『利き手(左利き)を矯正する』という言葉は間違いです
blog『レフティやすおのお茶でっせ』の、“「利き手(左利き)の矯正」という言葉の使用について”という記事へのリンクです。

―支持していただける人がいるのは、正直うれしいです。ありがとう!

*この記事は(goo部外者ですが)、gooブログ◆左利き連盟◆に参加しています。

| | Comments (2) | TrackBack (0)

« November 2004 | Main | January 2005 »