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2004.06.29

本の開きと左利き仕様

日本文芸社の『左利き用ボールペン字練習帳』に関連して、左利き仕様の本の開き(綴じ方)について考えてみよう。

この本は、左手で書きやすいように、和本のように右側で綴じ右に開く「右綴じ右開き」の本になっている。元になったという右手用ではその逆で、「左綴じ左開き」―すなわち洋本、西洋式の横書きの本と同じ、左側で綴じ左側に開くものになっている。

この一連の練習帳は本来は縦書きの本である。縦書きの本は、本来は「右綴じ右開き」である。それが和本(日本の本)の伝統であった。
然るにこのシリーズではその約束をあえて破った本に仕上げている。
右手書き右利きの人用には、「左綴じ左開き」のものを。左手書き左利きの人用には、「右綴じ右開き」のものを、という具合である。

あくまで練習する人が文字を書く時に便利なように本の開きを考えて作っている。そこがこの本の画期的な点であり、工夫である。

この「練習帳」の登場で、「左利き仕様」の本が存在するということに初めて気付いた人も多いのではないだろうか。
そういう意味でもこの本の登場は、日本における左利きの文化史上で画期的なことであったといえるのではないか。

日本語というのは、幕末より西洋の人とその文化の流入により左横書きが導入されて以来、右縦書きと左横書きとが併用されている。(一時期、右横書きという異分子が現れ混乱を起こすが、次第に淘汰されていった。決して、戦後になって統一されたというものではない。それ以前から技術屋の世界ではひとつの書式として成立していた。一般化が遅れていただけである。*屋名池誠『横書き登場』参照)

右縦書きは左手筆記の左利きには非常に都合のよいものである。しかし左横書きは左手書きの左利きにははなはだ不便な要素を持つ。
これは、右手書き右利きの人が右縦書きに持つ苦情と同じ種類のものである。
すなわち書いた文字の上を手がなぞることになり、字がにじみ手や紙が汚れるというものであり、先に書いた文字が手で隠れてしまうということである。

右縦書きは、字は下へ縦方向に書かれ、一番下につくと左隣の行に移りまた上から、と右から左へ行が移ってゆく。改行が右から左へと進んでゆく。段組がある場合は上から下へ移ってゆく。そしてページもまた行の流れにそって右から左へと進んでゆく。
そのため本の綴じは右側になっている。本のページを開くときは「右開き」となる。

逆に左横書きは、字は横に綴られ、改行は下へ下へと進み、段組があるときは左から右へと移り、ページが変わるときはその流れで左から右へと進んでゆく。
そこで本の綴じは左側に来て、ページを開くときは「左開き」となる。

では「右開き」と「左開き」ではどちらが「右手仕様」でどちらが「左手仕様」となるのかを考えてみよう。

本を手に取り読む時に人はどうするか。
片手で読める場合(文庫本。新書本などのペーパーバックの場合)、右利きの人は右手で取り、右手で丸めるように持ち、親指をずらすようにしてパラパラとめくってみる。
この場合は、「左綴じ左開き」の本(横書きの本)が便利だ。これなら表紙からページを追って順に見てゆける。

「右開き」の本(縦書きの本、日本語の大部分の本・雑誌・新聞など)はそういう観点から見て左手に優しいものである。
(新聞や雑誌、ハードカヴァーの本となると、また別の考え方が生れてくる。これはどう考えても開きの方向と手は同じ方が有利である。すなわち「右開き」では右手が、「左開き」では左手が、というふうに。)

字を書く場合どうか。
最初に書いたように、右手書きに都合のよい方向は左から右へである。「左綴じ左開き」のものがよい。
逆に左書きの場合は、右から左への方向が都合が良い。「右綴じ右開き」のものがよい。

前にも一度書いたことがあるが、十年ほど前、イギリスのレフトハンダーズ・クラブLEFT-HANDERS CLUBという左利きの友の会に参加していたときに、日本語は縦にも横にも書ける便利な言語であり、縦書きは右から左へと改行するので左手書きにはすこぶる優しい言葉だと手紙に書いて送り、大いに感心された経験がある。

この会の会報は、左利きの人に優しい「右綴じ右開き」の小冊子になっている(ページ内の段落は通常の左から右へ移ってゆく形)。
さらに、アメリカのレフトハンダーズ・インターナショナルLEFTHANDERS INTERNATIONALの出している、左利きの人のための雑誌「レフトハンダー・マガジン」LEFTHANDER MAGAZINEも「右綴じ右開き」の製本になっている。ただしこちらは、ページ内の段落もまた右から左へと移行するようになっており、完全に「左利き仕様」の本になっている。

実は私が当時出していた「LL」という小冊子もこれをまねて作り、「右綴じ右開き」の横書きという「左利き仕様」の体裁であった。
しかし、日本人は縦書きの本で「右綴じ右開き」に慣れているから、あまり戸惑うこともないようで、この「左利き仕様」の本という仕掛けに気付かない人も少なくなかった。なんかへんだと思う人もいたが、手作りであったため単に綴じの方向を間違えているのだろうと考えていたようだ。
イギリスでの反響を紹介した号でこの点も説明したところ、綴じ方にも「右利き用」と「左利き用」があり、本にも「左利き仕様」があるのだということを初めて知った、という意見が私のもとに届いたものだ。

イギリスの銀行では左利きの人のために「右綴じ」の小切手帳が作られているというのは、結構有名な話だと思うのだがどうだろう。
こういうふうに諸外国では「左利き仕様」のものがあれこれと多く作られているという。

一方、日本ではまだまだ浸透していないように思われる。
各方面でのこれからの取り組みに期待したい。

つけたし
特に、字を書くという行為に関しては、その意識が欧米に比べて大きく遅れているのではないか。
欧米と違い、漢字を使うためか「字は右手で書くもの」という意識がまだまだ根強く浸透していて、この傾向はかなり改善されては来たものの、一部の人たち並びに地方では依然その勢力は衰えないようである。

左利きの「矯正」などという時代遅れの思想を現す言葉を無頓着に使い、いまだに正しいことのように、こだわっている人が(右利きの人のみならず、左利きの人にも)少なくないのが、非常にさびしい。
特に女の子の場合にはその圧力がさらに強まる傾向が残っており、かなしい事だ。

早く、この『左利き用ボールペン字練習帳』の改良版が出て、また他社からも同様の仕掛けの本が出版され、左手書き(左手筆記)が特別な行為でないという状況が一般化する世の中になってほしいものだ。

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