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2004.05.10

左利きの本だなぁ『左利きの本―右利き社会への挑戦状』ブリス、モレラ

ジェームス・ブリス/ジョセフ・モレラ『左利きの本―右利き社会への挑戦状』 草壁焔太訳 講談社 1980 昭和55年12月20日 第一刷発行 The Left-Handers’ Handbook


~左利きが恥かしかった頃~ 
 この本は約23年前に出版されたものです(前回の〈左利きの本だなぁ〉で紹介した箱崎総一著『左利きの秘密』の翌年)。
 私は当時(20代後半)、一度本屋で立ち読みした記憶があります。四六版のペーパーバック本で980円、決して高くはなかったようですが、当時は小遣いに余裕のない「文庫派」だったこともあり、結局買っていません。
 また、当時はまだ私自身、完全に左利きに目覚めてはおらず、どこかに左利きに対するコンプレックスがあり、かつ反発心があり、興味はあるものの素直に本を楽しめる気分ではなかったのだとも思われます。
 さらに言えば、以前の記事「「左利き」表記は左利きに優しいか?」で書いたように、左利きに対する隠したい気持ちが心のどこかにあって、レジにこの本を運べなかったのかもしれません。ハードカバーでもっと学術書的な装丁ならばインテリぶって買っていたかもしれませんが…。

 もうひとつ、内容的にちょっと「ちゃっちい」感じがあったのも否めません。今思えばそれなりに親しみの持てるイラストの表紙と感じますが、あの頃はもう少し格調のあるものであって欲しいという願望があったようです。
 巻末の左利きの有名人のリストでも、プロ野球や、ボクシングの人といったスポーツ系が多く、「やわな」イメージで、「正統」かつ「本格的」な左利きの本でないような気がしたものでした。たとえば、左利きに関する脳神経科や心理学者といった、その道の何々博士といった権威のある人の著作でないのが気に入らなかったのかもしれません。

~戦え闘え、左利き~
 本書は、左利きに関する初心者向けの入門書であり、左利きの著者による左利き応援本でもあります。
 第一部外国編は左利きのアメリカ人によるもので、言葉の中にひそむ右利き社会の左利きに対する偏見から書き起こし、アメリカの左利きの会の紹介で締めくくられています。
 第二部は、元は左利きだったらしいが幼児期に左腕を負傷し、その後完全に右利きとなったという訳者の調査による日本編。

 第一部では、まずことば(主に英語)における左利き差別、男尊女卑ならぬ「右尊左卑」ともいうべき実態から説き起こし、歴史をたどりながら不当に扱われてきた左利きの立場を紹介しています。その節々に左利きの著者らしい左利きの優越性を誇るような言説を交えて語っています。もちろん左利きには快い部分でもあり、時に右利きの人からはそんなことで喜ぶなよ、という声も聞こえそうですが…。
 それにしても英語における左利き差別の実態には改めて驚かされました。rightに「正しい/権利」といった意味があることは英語の時間に習ってはいたものの、leftとの間の落差はひどい。常日頃これらの言葉を使って生活していれば、左利きの人の意識に大いに影響が出てくると思われます。幸い日本語の場合は、一部の中国に由来する漢語に左軽視の意味合いのある言葉がありますが、英語の場合のような極端な偏向はないので、よい国に生れたのかも、と考えてしまいます。
 また日本の旧「左利きの会」のことや「わたしの彼は左利き」「サウスポー」といったヒット曲の話題にふれて、日本の方が左利きに希望が持てる社会であるような記述も見られ、ちょっと自慢したくなるような気にさせてくれます。
 昔、テレビなどで左手で字を書いている「西洋人」を見て、欧米の社会では左利きが容認され、うらやましいものだと思っていたのですが、向こうの世界でもさまざまな問題があったのです。
 第三章「左利きの生活と仕事」で、左利きの人と会食するときの心得や左利きでの家事の方法、左利きの子どもへの教育などちょっと役に立つアドバイスが見られます。

 第二部で日本は本来「左尊右卑」の国と訳者は述べています。しかし、中国から漢字が輸入され、その書字、さらに農業における集団作業の中で、左利きは疎外されて、忌み嫌われてきたと続けます。そして左利きの有利さを生かす道の一つとして、スポーツ界の左利きについて述べています。
 さらに左利きの商品やお店の紹介、左利きの有名人のリストなどを載せ、左利き読者の便宜をはかっています。

 訳者は「矯正」を「矯悪」と言い換えて、再三この行為を戒めているのが印象的です。左利きに対する理解の不足、右利き社会の持つ圧力に対する怒り、憤りといったものが伝わってきます。それは副題の「右利き社会への挑戦状」という表現にも感じます。今なら、もう少し穏やかなことばが使われるのではないでしょうか。当時いかにまだ左利きの問題が理解されていなかったかを表しているのでしょう。もちろん、二十年後の今日も依然この問題は根深く生き残っており、右利き社会の圧力とその歴史の重みを感じさせます。

 昨今出版される左利きの本はみな穏やかな内容のものになってきています。それだけ左利きを取り巻く状況に切迫したものが感じられなくなっているのかもしれません。しかし本当の実態はどうでしょうか。まだまだ左利きに対する理解が進んでいるとはいいがたい面があります。
 新しい情報を載せたこういう一般向けの“やや過激な左利きの本”が、今の時代にも必要なのではないでしょうか。

*参照―『レフティやすおの左組通信』「左利きphoto gallery〈HPG2〉左利きの本だなぁ」

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